こんなワタクシですけれど・・・【釋 慧空】

10527477_1458653831060214_293612361759908517_n-2私は人を救う仕事をしたくて、ずっとどうすれば人を救えるかを考えてました。
私はその答えは宗教にあると思ったんです。

そして、宗教を学び始めました。
宗教を学んでいくうちに、お念仏に出会ったんです。

「みな平等に救われる」

私はすごく感動しました。
その教えは何時しか私の心の拠り所になっていきました。

そんなあるとき、祖父の家で従姉妹と遊んでいると、従姉妹が祖父の家にあるお仏壇を見て、

「あの人は誰?」

と、聞いてきました。
私は、

「あの方は阿弥陀さまといって、みなを平等に救ってくださる仏様なんだよ」

と答えたら、

「お釈迦様と阿弥陀さまはどう違うの?」

と聞かれました。私の知識では上手く説明することができず、

「ごめん!調べとく・・・・・・・・。」

その時、あらためて自分の知識のなさを知ったんです。

それではいけない。
ちゃんと勉強して知識を増やそう!と思いました!

今は、より学びを深めるため、中仏(中央仏教学院)を目指して勉強してます!

こんなワタクシですけれど・・・よろしくお願いします。<(_ _)>

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ながむる人の 心にぞすむ 【平野 正信】

今年はお盆まいりのお手伝いに北海道に10日間ほど行ってまいります。

そんな訳で、その間、つれあいと生後2ヶ月の息子は長野県の実家で過ごすこととなりました。 現在は離れた場所で生活しています。

つれあいの実家は涼しくて空気が綺麗で、自然いっぱいのところです。 家族も優しく面倒見も良いので、安心しています。

しかし、つれあいと息子を長野まで車で送り、その帰り道から既に僕は寂しくてしょうがないのです。 今生の別れでもあるまいに、2週間ほどでまた大阪で一緒に暮らすのだから、そんな大袈裟なことでは無いんですが、既に家族シックにかかっています。

毎日、つれあいが送ってくる動画をスマホで見てはニヤニヤしたり、ホロリとしたりしています。

そんななか、法然聖人の歌った歌を思い出しました。

月影の いたらぬ里は なけれども
ながむる人の 心にぞすむ

という歌です。

私なりに訳しますと
「月の光が照らさない場所はどこにも無いけれど
ああ、月が綺麗だなあ、という気持ちは
月を見上げる人の心にこそある」
このようになるかと思います。

この歌は阿弥陀様のおはたらきを月の光にたとえたものです。

阿弥陀様は無限のひかりの仏様です。 全てを包み込む光の仏。

長野と大阪、長野と北海道は、地理的には遠く離れていますが、ともに阿弥陀様の光の中です。

南無阿弥陀仏のお念仏は、阿弥陀様の光に照らされ、今まさに救われる身となっている私からあふれる、仏様の声、仏様そのものです。
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私と妻子は、離れた場所にいても、阿弥陀様の光でつながっています。

つれあいには、携帯用の小さなご本尊をわたして、毎朝あっくん(息子)と手を合せてください。と言ってあります。

もちろん、お念仏を申したからといって、触れられない寂しさが無くなるわけではありません。息子の重さを感じたいという切なさが消えるわけではありません。 寂しいのは寂しいのです。

しかし、お念仏申す時、その寂しさはただの寂しさではなくなります。 寂しいからこそあふれてくださる南無阿弥陀仏があるなら、寂しさもまたご縁です。寂しさは消えないが、寂しいままにありがたいのです。

私達は少し離れて暮らしています。 でも、一緒にお念仏もうさせてもらう家族です。

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生き物のふしぎ。 【高蔵 大樹】

体調を崩しまして、ぼんやりと部屋でテレビを見ておりますと、テレビで「ウミクワガタ」という生き物が紹介されていました。こんな生き物です。

10524962_650252488394551_1905248324_nどう見てもクワガタですね。男子の憧れです。僕は子どもの時から重厚感のあるTHE横綱、虫キングのカブトムシよりも、どこかスタイリッシュな雰囲気の漂うクールなクワガタ派でした。

不思議な事にこの「ウミクワガタ」はエビやカニの仲間で、森のクワガタ虫とは全く関係ないんです。海と森、住みかも種類も異なる生き物が、似た姿でそれぞれの環境に適応し過ごしている。すごい不思議だなぁ。と。人間もそのうちこのような姿に進化していき、、、なんて考えだしたら「大あご人間」なんてSFホラーが作れますね。

さて、なぜ植物はお腹へらないのか、なぜ魚は溺れないのか、なぜ鳥は電線に止まって感電しないのか、よくよく考えれば疑問はたくさんでわからない事だらけです。

仏教には「一見四水」という有名なたとえ話がありますが。生き物って面白い。

以前「不思議な生き物」という本のなかで、「トゲアリトゲナシトゲトゲ」という生き物がいるという事を知り衝撃を受けた事があります。

みなさん口にその名を呼んでみてください。せーの、「トゲアリトゲナシトゲトゲ。」

私この名前大好きなんです。どーですか、口の中が気持ちいい感じしませんか?何回も口にしてみたくなりません?トゲアリトゲナシトゲトゲ。

10514870_650254478394352_805739349_nさて、、、で、一つの疑問が浮かびます、

あるの?ないの?

トゲ。

トゲトゲという生物にトゲのない種類のものが見つかり、「トゲナシトゲトゲ」という名がつき、今度はトゲのついた「トゲナシトゲトゲ」が見つかってしまったのでしょうか。
じゃぁ「トゲトゲ」と「トゲアリトゲナシトゲトゲ」の違いは、、、?

興味疑問がつきません。

調べてみると、「トゲアリトゲナシトゲトゲ」と「トゲトゲ」は明確に違うみたいですが。

そもそも、「トゲトゲ」という名前も人間が勝手に生き物につけた名前です。

「あ、トゲトゲしたのおる!きょうからトゲトゲってよぼう!」
「あ!トゲトゲしてないトゲトゲ君がおる!!今日から君はトゲナシトゲトゲ君だ!」
「あーーーー!トゲトゲしてるトゲナシトゲトゲ君がいるーーーーー!今日から君はトゲアリトゲナシトゲトゲ君だーーーー!」

トゲトゲ君やトゲナシトゲトゲ君やトゲアリトゲナシトゲトゲ君のほうからすれば、

「このでかい奴らは、なーんでトゲトゲトゲトゲ、トゲトゲトゲトゲいうとるんじゃろうか、、、やかましい。変な奴らだなぁ。やかましいから今日からこいつらはトゲトゲ君やな。」なんて思ってるかもしれません。

仏法に伺うと、

あの人にはあれが有る。あの人にはこれが無い。自分にはこれが有る、自分にはこれが無い。

こうやって他や自分をあるなしで分けてみる見方、有無にとらわれる見方というのは実は迷いの見方なんです。

仏様の見方は私のように有る無しにとらわれて隔てる見方でありません。
さて、さて、つまりなにが言いたいかと申しますと、、、

このコラムには丁寧さが無い!格式がない!なんて、、、トゲトゲ言わないでよネ、おあとがよろしいようで。南無阿弥陀仏。

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「当たり前」と「有り難い」 【根来 暁】

先日、睡眠時無呼吸症候群の検査を受けました。結果は最悪で、1時間に約70回以上、無呼吸の状態があったそうです。よく窒息死しなかったものだと思いました。寝ていても酸素不足を体が感じ、脳が常に覚醒していたそうです。ほんとに体は自分の思い通りにならないけど、だから朝を迎えられていたのかもしれません。

同じ出来事、同じ景色をみても、置かれている状況によって感じ方は変わるようです。

以前タレントの木下優樹菜さんが結婚会見をしていたのをテレビで見ました。彼女はディズニーランドでプロポーズを受けたそうです。電車で行ってられたそうで「行きと帰りの電車から見える景色が違って見えました」と語っていました。これは、上りと下りで景色が違うという話しではありません。置かれたいる状況によって、見え方が変わったのでしょう。人は同じ景色を見ても、同じように見ている訳ではないようです。

また、明石家さんまさんは、若いころ桂三枝(現在の桂文枝)さんの運転手をしていたそうです。毎朝迎えにいくと、必ず「昨日なんかおもろいことあったか?」と聞かれたんだそうです。「そのたびに昨日の出来事で面白いことはなかったと思い出していた」とあるテレビの対談番組で話していました。あのころは、いやでいやでたまらなかったけど、それがあったから今でもテレビで話し続けることができていると言っていました。

お笑い芸人はよく面白い話をします。身の回りによくそんな面白いことが起きるなぁと思っていましたが、それだけではないようです。よく聞いてみると、身近におこった何気ない出来事を、おもしろおかしく話しているのです。私には「当たり前」だと思うことが、芸人にとっては「面白い」ことと感じるということでしょう。同じように、好きな人からプロポーズをうけた人は、「当たり前」だと思うことが、全部「幸せ」だと思えるのでしょう。

image「当たり前」の反対の言葉は「有り難い」だと聞いたことがあります。でもそれは、「当たり前」のことと「有り難い」ことがあるのではなく、目の前の出来事を「当たり前」だと思うか、「有り難い」と思うかの違いなのでしょう。

気がつかないところで、忘れているときも、背を向けているときも、私を育て支え続けてくださっていた「法(はたらき)」を聞いていくことによって、「当たり前」だと思っていたことのが、「有り難い」ということだったと気付かされます。自らの思いだけで、回りの景色や出来事を判断していた私が、多くのはたらきの中にあった「いのち」であったと、喚び覚まされていく場がお聴聞だと思います。

検査の直後は有り難いことだと思いましたが、治療を始めた今では、朝を迎えることがだんだん当たり前になっています。「有り難い」と思える気持ちは、なかなか継続できないもののようです。

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浄土真宗とシェイクスピア~No.1~ 【太田 幸典】

信仰は浄土真宗本願寺派などといいつつ、私は親鸞聖人のこと、浄土真宗のことについて知識がない。
よって、山伏弁円による親鸞聖人暗殺未遂事件を知ったのも、つい最近のこと。
この一大事件のことを知ったとき、とっさに思い出したことがある。

10376455_642470589182968_834310646_oそれは、なぜか『ハムレット』の一場面であった。
ハムレットが伯父のクローディアスに対し仇討ちをしようとする「あの場面」なのだ。
ご存じのように、この場面でハムレットは結局、クローディアスを討つことなくストーリーは展開する。このとき、クローディアスはひとり、神に祈りを捧げていた。クローディアスが父親殺しの犯人だと疑ってやまないハムレットにとっては願ってもない場面だ。しかし、祈りを捧げるクローディアスに対しハムレットは、この瞬間に仇討ちをすれば彼が天国へ行ってしまうことをきらい実行にうつすことをためらう。
実際にこの場面を上演する場合、クローディアスの演技が特に難しく鍵となる。国王としてのnobleさ(気高さ)が祈りの姿からにじみでなければ、ハムレットに暗殺をためらわせるには至らない。クローディアスのうしろ姿から神に通じる何かを観るものに感じさせなければならないからである。

話を弁円による親鸞聖人暗殺未遂事件に戻そう。
山伏弁円による親鸞聖人暗殺の場面に関しては史実をまったく知らないので自分なりに想像をしてみるのだが、恐らく、弁円が乗り込んできたとき、親鸞聖人はお念仏を申されていたのではないかと思うのである。
つまり、「南無阿弥陀仏」の六字の結びつきの強さ、親鸞聖人とお念仏の一体感といってよいだろうか、そうしたものに弁円は圧倒されたのではないかと思うのである。厳しい修行を経験した弁円ならではの直観、研ぎ澄まされた感覚によるためらいがあったと想像するのである。親鸞聖人と山伏弁円という一対一の人間同士のぶつかり合いなら暗殺は決行されたのかもしれない。
しかし、親鸞聖人とお念仏となれば、弁円さんにとっては分が悪かったのではないだろうか。
そして、この場面を舞台化するならば、親鸞聖人の演じ方がとても難しいことはいうまでもない。

浄土真宗とキリスト教では、互いに相容れないものがあるのは当然だが、「お念仏」「祈り」というひとつの宗教的行為において何らかの共通点を見いだせるのではないかと思ったのだ。

*これはあくまで筆者の個人的見解です。ご注意ください。

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「あとつぎ」と呼ばれて 【小林 智光】

-火宅無常の世界は、よろずのこと、みなもって、そらごとたわごと、まことあることなきに
 ただ念仏のみぞまことにておわします-
(歎異抄)
私、小林はお寺生まれのお寺育ち。
姉と妹に挟まれた「真ん中長男」でしたから、生まれた時点で
『跡継ぎ確定』
として育てられました。
小さい頃から
「あなたはお寺の跡取りなんだから」
と周囲から色々と手をかけてもらい、お育て頂きました。
しかし反抗期が長く、京都の大谷大学を卒業した後も大学院に進んだり就職したり。
とにかく「いかにしてお寺に帰らないで済むか」の作戦をあれこれと練ってばかりの不届き長男でした。
しかし結婚を機に自坊に帰ることになり、法務の日々を過ごしておりました。
そんなある年の秋のこと。
とてもご縁の深いご門徒さんが亡くなりました。
とても明るい方で、私はもちろん、ご近所からも愛される声の大きなバアちゃんでした。
息子さんからご連絡を頂いた時、ホントに「えええっ!」っと声が出ました。
そして枕経を勤める為にご遺体に向かい、お顔の白布を取った途端涙がポロポロとこぼれました。
今にも例のデカい声で喋り出しそうなお顔。笑うと下がる目尻…
昔から可愛がってもらい、私も「智ちゃん、智ちゃん」と言って可愛がってくれたこのバアちゃん…。
言葉が出ませんでした。
お勤めをしようと思ったのですが、声がつまってお勤めになりません。
お通夜の席でも法話で何をお話したら良いのか、言葉が出てこないのです。
何だか「命は尊いものです」みたいな当たり障りのないお話しかできませんでした。
そして不思議なことに、お念佛が出てこないのです。
いつもなら「ナンマンダブツ、ナンマンダブツ」と口から出てくるのに、この時ばかりは一向にお念佛が出てこない。
何だか自分のお念佛が「嘘っぱち」に思えてしまったのです。 「アンタのお念佛は本物か?」と故人が声なき声で語りかけてくるような気がしたのです。
いや、お念佛は「嘘っぱち」ではありません。歎異抄にもあるように、『ただ念仏のみぞまこと』であって、「私」自体が「嘘っぱち」なのです。
いや、でもそれなら「嘘っぱち」の自分から出てくるお念佛は本物なのかどうなのか…
とにかく頭がグルグルグルグル。
お通夜も葬儀も何とか勤めました。
そして全てのお勤めが終わった時にあるご門徒さんが声をかけて下さいました。
「悲しいけど、○○さん、アンタにお経読んでもらってとても喜んでると思うよ。私の時も頼むわぁ」
と言って下さいました。
10474547_683688638353346_389574804_n時々、お寺の世襲に関して批判的なご意見を頂くことがあります。
「お寺の人間でないからわかる視点もあるのだ」
「生え抜きだとお寺があることが当然に感じられて変えていくという意識が云々」
私は上記の一件があってからというもの、自分のような坊さんでも喜んで下さる方がいることに、大変有難さを
感じるようになりました。お寺生まれのお寺育ちだから「お寺ありき」の発想しかできないかもしれない。
色々な社会事情の中でお寺は窮地に立たされ続けるかもしれない。
それでも「やっぱ自分の菩提寺さんにお経読んでもらうのが一番うれしいわぁ」というご門徒さんがいるのなら、苦しい時は苦しいまま、
辛い時はつらいまんま、手を合わさせてもらおう。
それと、ふと思いました。
自分が逆の立場だったらどうなんだろう。
見知らぬ「おエライ様」の電報より、よく知った人の「ナンマンダブツ」が嬉しい。
美しいセレモニーの祭壇より、近所で採れる季節のお花が嬉しい。
(…世襲もいい面があるんじゃね??)
そんなおセンチなことを考えていた、世襲坊主のひとり言でした。
ありがとうございました。
南無阿弥陀仏

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「あとから見てね」 【三浦 まゆみ】

10458205_541920439247107_6912057226245829389_n西順寺では、毎朝のお朝事に、真宗聖典を少しずつ拝読しています。そして、10分ほどの解説をします。毎朝来てくださる方々のおかげで、私たちも毎日お聖教の言葉にふれることができています。
今朝の拝読は『蓮如上人御一代記聞書』59、
一 「皆ひとのまことの信はさらになし ものしりがほの風情にてこそ」。近松殿の堺へ御下向のとき、なげしにおしておかせられ候ふ。あとにてこのこころをおもひいだし候へと御掟なり。光応寺殿の御不審なり。「ものしりがほ」とは、われはこころえたりとおもふがこのこころなり。

ちょっとわかりにくいところもあるのですが、
意味は、
「だれもみんな、まことの信はさらさらいただいていないのに、いかにもよくわかっているという顔ばかりである」たぶん蓮如上人のお作りになられたこの和歌を、蓮如上人の息子さんである近松殿(蓮淳、光応寺殿も同一人物)が、大阪の堺へ向かう時に、長押(なげし、ふすまの上部)に押して貼り付けて、あとでこの意味を考えなさいと言われた。 近松殿にとって、このことがはっきりしていないことだった。「ものしりがほ」とは、私は心得ていると思っている、そのこころである。

そういうことだと思います。

ふと思ったのは、蓮淳さんは、部屋のどちらの長押にこの言葉を貼り付けて行ったのだろう、ということです。

a,正面つまり主の真上に貼ると、主には見えません。下座から見ている人々に見えます。

b,主から見て人々の真上に貼ると、主からは見えますが、下座にいる人々からは見えません。

c,左右にはるとどちらからも見えます。

cの場合は、主客共に語り合いながらこれを見るのですから、わかりやすいです。
bの場合はちょっと複雑です。下座にいる人々が「ものしりがほ」ということになるのでしょうか。蓮淳さんは、上に貼りつけた言葉と、人々の顔を見比べながら座っていて、あとから見ておきなさい、と言ったことになるでしょうか。
わからないのは、aです。下座から見て蓮淳さんの真上にこの言葉がありますから、「ものしりがほ」は、他ならない蓮淳さんということになります。あとから考えてごらんなさい、と言われても、困ります。

私は、aだと思います。bだと、相手をそう見ていた、ということになります。浄土真宗の言葉は、決して相手を向かってお説教するのではなく「自督(じとく)の言葉」であって、他ならない私自身がそのものである、という言葉に特徴があります。こうやって話をしている私自身が、本当はわかっていないのに知ったかぶりして話をしている、という懺悔であり、遠くからはよく見えないかもしれないから、私がいないときによく見てください、ということではないかと考えます。

皆さんは、どう思いますか?

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我が一人子として 【平野 正信】

前回、もうすぐ生れてくる子供に名前をつけたというお話を掲載していただきました。
あれから少しして、つれあいが出産してくれて、明法(あきのり)が生れてくれました。

私は大阪で仕事、つれあいは長野の実家で出産、ということもあり、出産に立ち会えるか立ち会えないかは微妙なところでしたが、運良く休み中に陣痛がはじまり立ち会うことが出来ました。
立ち会えて良かったと思います。

男性の中には、立ち会いは「こわい」「あまり立ち会いたくはない」と言う人がいますし、そういう気持ちもわからなくは無いです。いや、実はとても良くわかります。

なにせ修羅場です。今から激痛に耐えるつれあいを見なければならない。励ますこと以外は何も出来ない、というのは確かにこわいのです。

でも、是非これからという人は、パートナーが望む場合は立ち会ってほしいと思います。
私達男性はこわいだけ、女性はこわいどころの騒ぎじゃなく、今から実際に体験するのですから。

陣痛のタイミングに合わせ、つれあいが苦悶の表情でいきみます。何度も何度も何度も、朦朧と激痛を繰り返す姿はとても痛々しいものでした。

そんな中、最後に産声が聞こえ、明法(あきのり)が誕生しました。
はじめて明法の泣き声を聞いた時はとても感動しました。

翌日は何故か僕も色々なところが筋肉痛になっていました。
それだけ力んでいたということなんでしょう。
しかしまたここからが大変でした。

出産から数日間、つれあいは生れたばかりの赤ちゃんと一緒に過ごすことが出来たのですが、数日後つれあいは40度を超える高熱を出して倒れてしまったのです。
産褥熱(さんじょくねつ)という病気で、出産後の感染症でした。
即入院でした。

明法はつれあいの実家で世話することになりました。
入院翌日、熱はあるものの少し楽になったとのことで、私はつれあいの身の回りのものを持って病院に見舞いに行きました。

「少し楽になったようだし、育児のつかれもあるだろうから、今は育児から離れてゆっくり休めばいい」
と声をかけると、つれあいはポツリと

「あっくんに会いたい」

と言ったのです。
そして今まで見たことの無い寂しい表情をしました。

10329274_544263962348595_1977373831888232437_n十月十日、おなかの中に一緒にいた明法、生れてからは寝かしつけおむつをかえ、乳も飲ましてひと時も離れることがありませんでした。
飲まれなくても胸は張ります。入院当初、検査結果が出るまでは、せっかくの母乳を捨てなければなりませんでした。

私がつれあいにかけた
「今は育児から離れてゆっくり休めばいい」
という言葉は、私は優しさのつもりでしたが、つれあいにとっては残酷な言葉であったかもしれません。

つれあいは休みたいのではなく、この手に抱いて、世話をして、乳をやりたかった、明法に触れていたかったのです。
私はこの時、ある御和讃(ごわさん)を思い出しました。
浄土和讃(じょうどわさん)の

平等心(びょうどうしん)をうるときを 一子地(いっしじ)となづけたり
一子地は仏性(ぶっしょう)なり 安養(あんにょう)にいたりてさとるべし

という御和讃です。

一子地とは、菩薩(ぼさつ)が一切の衆生(しゅじょう)を我が一人の子として慈しんで見ることが出来るという境地です。

つれあいは明法を一人子として見ています。
そして、慈しみと同時に、今つれあいは悲しみ、寂しさの中にいるのだな、と思いました。

 

つれあいが
「一子地って何?」
と聞きました

「あなたが明法をおもうのと同じ気持ちで、全ての生きとし生けるものを見ることが出来る、菩薩様の心のことだよ」
と答えました。

つれあいは少し押し黙って
「そっか、…それは私には無理やなあ」
と言いました。

私も同じように思いました。
一人子と離れることの辛さに打ちひしがれ、一人子を心配してたまらない気持ちになっているつれあいを見ていると、全ての生きとし生けるものを、これ以上無いほど大切な仏の子と思いやってくださっている仏様は、一体今までどれほど悲しんでこられたのかと思ったのです。
仏様の慈悲はやさしさ、ただただ嬉しい気持ち、と思っていた私は、ハッと気付かされた気がしました。
離れ離れにされた母子のように、救いたいと必死によびかけてきた数知れない衆生が、また命つきては輪廻の中に埋もれていく。
それを阿弥陀様はどれほどの悲しみで見てこられたのか。

「あなたを救いたい」とずっとよびかけてきた呼び声が、そのものの生涯の間にとどかなかった虚しさは、どれほどに寂しいお気持ちであったのでしょうか。
数日経ち、血液検査の結果も出て熱も下がり、つれあいは退院することが出来ました。
そして、少しの間離れていた我が子を、また抱くことが出来ました。

この時の「よかった」という気持ちは、私がお念仏申すとき、阿弥陀様が私に向けてくださる気持ちと似ているのかもしれないな、と思いました。

「ずっとよんでいたよ
よかった
南無阿弥陀仏をやっとうけとってくれたね
よかった」
私をおもって悲しみ続けてきてくれた阿弥陀様が、今やっと私を一人子として抱きしめて、よろこんでくださっています。

お念仏をいただくとは、仏様に抱きしめられることなんだ。
そのように味あわせていただくご縁でした。

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「あるがまんま」と「このまんま」 【高蔵 大樹】

大ヒット上映中!アナと雪の女王を見ました。

image素敵でした。歌がいいですよね。ついついくちずさんでしまいます。

ありのーままのーーすがたみせるのよーーー。ありのーままのーじぶんになるのー。

あるがまんまで生きる事。本当に大切な事なんでしょうね。

人間だけがあるがままを忘れて生きているとの話を目にした事がありますが。自分自身無理しがちで、カッコつけたがりなので、ほんまだなぁと思います。

よけいなものにとらわれずあるがまんまで生きてゆきたいです。ありのままで。

ところで、
仏の願いはそのまま。私の願いはわがまま。という法語があるんですが。

先日、法話で「そのまんま」と「このまんま」は違う。という話を聞きました。

「そのまんま」と「このまんま」は違う?

わかるようなわからんような、わからんような、わからんような、結局わからん話ですが。

そういわれて、振り返ってみると、私の思う「あるがまんま」は悲しいかな、「あるがまんま」ではなかったような。私の思い通りであってほしいという「このまんま」であったような、そんな気がしました。

あるがまんま、と言いながら、このまんまから離れようとしない、ままならない、ワガママな私のすがた。

時々刻々うつりかわる私。
揺れ動いて、流され流され、流されつづける私、、

寝る私。真面目な私。忘れる私。怒る私。笑う私。泣く私。卑屈な私。傲慢な私。几帳面な私。めんどくさがりな私。わがままな私。明るい私。暗い私。成功した私。失敗した私。隠したい私。

今の私が、ほんとのワタシ。であるならば、「このワタシ」以外の私はわたしじゃない?

ぐるぐるしてきます。

都合の悪い私は、わたしじゃない方がそりゃいいのですが、、、

image仏法にであい、
真実の光にてらされて、うかびあがる我が身の真実は、わたしにとって都合のいいものばかりではありません。

目を背けたくなるような、おぞましい私の姿もあったりします。

その私のおぞましい姿を知り、悲しみ、そんなどうにもならないお前こそ必ずすくいとるぞ、と呼つづけはたらき続ける仏様の呼び声は、

おぞましいままならんこの身こそを「そのまんま」ゆるして引き受けてくださっています。

まかせなさい、必ず救いとる。と、この身にはたらいてくださってます。

一人では「このまんま」であろうとしてしまう。
あるがままに生きる事のできない私は、

仏様に許されている事を受け取り、おまかせして初めて、安心して、あるがままでいれるのでしょうか?

ありのーままのーーすがたみせるのよーーー。ありのーままのーーじぶんになるのー。

まだ見ていない方もおられるかもなので、オチは詳しくかけませんが、

映画の中のキャラクターも
内に秘められたおぞましい力を、ありのままゆるされて、安心する世界にであっているような気がします。

ありのまま願われている事に感謝して、仏法から我が身を聞く生活をおくりたいもんです。

南無阿弥陀仏。

【執筆者はこちら】

ともだち100人できるかな? 【平井 裕善】

「一年生になったら」という歌をご存知でしょうか。

”一年生になったら
 一年生になったら
ともだち100人 できるかな
100人で 食べたいな
富士山の上で おにぎりを
パックン パックン パックンと”

幼稚園の時や、小学生になってからでも良く耳にすることがある歌でした。

幼少期の僕は人見知りが激しく、どちかというと一人で遊んでいるのが大好きな子どもでした。
ですので、友達というものがほとんどおりませんでした。
だから僕はこの歌が大嫌いでした(笑)

歌詞の意図は新しい毎日への希望にあふれた歌かもしれません。また友達を100人作りなさいという歌でもありません。
しかしながら僕にとっては「ともだち100人できるかな」と迫られているような気がしたので「余計なお世話なので放っておいてください」と感じていました。
実に偏屈な幼児ですね。そんな幼児もそろそろ不惑を迎える年になりましたが、この社会は「余計なお世話」が沢山あるような気がします。

「大人の男性なら高級時計をするべし!」という踊り文句を書いた雑誌の中吊り広告が、G-shockを巻いた腕で吊り革を持つ僕へ訴えかけてきます。
「アラフォー男性のモテる髪型」とスキンヘッドの僕へ訴えかけてきます。

いつもいつも心のなかで「放っておいてください」と思うことであります。ま、こういうのは冗談事で済みますが。
しかしながらたまには冗談で済まないような余計なお世話が「こうあるべし!」と迫ってくる場合があります。
たとえその「こうあるべし!」がその人なりの善意などに基づいたものでもあっても、僕にとっての「ともだち100人できるかな」と同じ圧迫感を持つことがあります。

「こういう人でなければならない」
「こういう考えでなければならない」
「こういう事をしなくてはならない」
逆に、
「こういう人であってはならない」
「こういう考えをしてはならない」
「こういう事をしてはならない」

このような強制と矯正の中で生きるということが、この娑婆で生きるということなのかもしれません。
時折「あーーーーー」っと叫んで何もかも放り出したい気分になることであります。
なんと人の世は生きづらいことなのでしょうか。
そんな世の中ですから「自己啓発」とかが流行るのかもしれません。
「笑顔でラッキーを引き寄せる」、「自分探しで毎日が変わる」等々の綺麗な言葉がアチラコチラで踊ります。
でも、それは本当の意味での解決手段なのでしょうか。
結局は自分を誤魔化しているのでは無いでしょうか。
見たく無いものを見ないように目を逸らして、聞きたく無いことには耳を塞いで、綺麗な物ばかりを見て、ここちの良い言葉ばかりを聞いている。そんな気がします。

お釈迦様はこのような虚仮不実の覚りがたき人の世で覚りを得られました。
しかしこの僕がお釈迦様のように覚りを得ることは、自分の日頃の生活を見ていてもどだい無理な事です。
だからこそ、そんな僕のためにお念佛をお伝えくださったのだと味わうことであります。

色々と理屈云々を述べる前に「あーーーーー」と叫びだす声を「なんまんだぶ」に変えてまいります。

image「なんまんだぶ」と称えてみても、この娑婆はあいも変わらずに強制と矯正で迫ってくるかもしれません。ちっとも住みやすい世の中にならないことでしょう。
しかし、僕が称える「なんまんだぶ」には阿弥陀様が「そのままでいいよ、真っ直ぐにおいで」と声の佛さまとして現われ出てくださることであります。
佛さまの智慧を借りることで、世間の事をキレイ事へと誤魔化しをすることなく、お念佛とともに生きていく人生。
それは実に有り難い人生なのではないでしょうか。

友達は100人できない人生でしたが、そのままで良いと呼んでくださる声の佛さまにお会いすることができました。
それは十二分に「虚しく過ぎる」ことの無い人生であります。

【執筆者はこちら】

浄土真宗のなかまによる連載コラム