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お寺のインターネット動画配信について(その2)【根来暁】

今回は西福寺でのインターネットで動画をリアルタイムに配信するときに使っている機材、ソフトについてです。

映像については、USBウェブカメラ3台とビデオカメラ1台で撮影をしています。ウェブカメラは撮影した動画を直接パソコンに取り込めますが、ビデオカメラはキャプチャーボードという、HDMIをUSBに変換する装置が必要です。パソコンには、HDMIの取り込み端子がついている物もありますが、外付けのキャプチャーボードのほうが配信にはむいているようです。これは、USBで取り込まないと配信用ソフトが認識しない可能性があるからです。

映像は、ご法話に関してはとくに、視聴者と目線があいやすくなるように、なるべく講師を正面から写したほうがようでしょう。そうなりますと、一般的に本堂は横に広い造りになっていますので、配信用パソコンの位置によってはかなり長いコードが必要になる場合があります。畳の上を這わしても良いのですが、参詣者が躓く場合があるので、なるべく壁や鴨居を這わしたいものです。USBコードの距離が長くなるとそれに比例して、映像の取り込みが不安定になることがあります。そのようなときは、途中にACアダプター付きUSBバブを挟むと安定します。映像の取り込みが安定しないときは、試してみてください。

以前から音声は、有線ハンドマイク2本、ワイヤレスハンドマイク1本、ワイヤレスピンマイク1本、仏教讃歌再生用のipodをミキサー・アンプにつないで本堂内のスピーカーから出していました。そこで配信用の音声は、ミキサー・アンプにあるREC端子からパソコンに取り込むことにしました。しかし、ライン入力ではノイズがひどいので、USBで取り込めるウェブキャスティングミキサーを導入しました。

そしてもうひとつ、広範囲に音声をひろえるバウンダリーマイクをウェブキャスティングミキサーに繋ぐことにしました。これは本堂内のお同行の声をひろうものです。本堂に多くの人が集まるといろんな音が聞こえます。隣の人とささやき合う音、おもいがけない言葉に出あったときの感嘆の声、そしてお念仏の声。これらは、講師の声からだけでは受け取ることのできない、法座の空気感を伝えることができます。少しでもお寺という場所に身を置いているというライブ感を伝えるために、「本堂内のざわめき」をあえて配信しています。

音声をパソコンに取り込む際には、パソコン側のサウンド設定を確認しましょう。入力はUSBウェブキャスティングミキサーを指定しますが、デフォルトでは出力もウェブキャスティングミキサーになっている場合があります。これではパソコン内でハウリングをおこしてしまいます。出力は必ず、スピーカーに切り替えます。また入力もパソコンに着いているマイクなどが有効になっていると、ハウリングの原因になります。デバイスマネージャなどでウェブキャスティングミキサー以外は無効にしておくのがよいでしょう。

ここまで繋げると配信用エンコーダーソフトを立ち上げます。西福寺ではWirecastというソフトを使っています。ソフトの設定でパソコンにつながってい映像や音声を取り込みます。取り込みができたら、いよいよ配信です。

(次回は実際の配信方法を説明します)

お寺のインターネット動画配信について(その1)【根来暁】

私がお預かりさせていただいています西福寺では、入院中や病気療養中でお寺参りが困難な方にもご法話をお届けしたいと思い、2012年から法座のインターネット配信をおこなっています。法座が始まる前から、お同行が集まってこられ、一緒にお勤めをして、ご法話をお聴聞し、帰っていかれるまでを、毎席、YouTubeLiveでリアルタイム配信をしています。

そんななか、このたびの新型コロナウイルス感染拡大で、健康な方であっても、なかなか一同に集うことのできない事態となってしまい、全国で多くの法座、法話会、講演会が、中止もしくは延期されるようになりました。
そこでこれを機に、お寺の行事などを動画にしてインターネットで配信したいと考えられている方も多いようです。でも実際に始めるとなると、どうやったらいいのか、どんな物が必要なのか、躊躇されている方もいらっしゃると思います。

そこで、これまでの経験をふまえて、お寺でのインターネット動画配信を考えてみたいと思います。今回は「どうやって配信したらいいのか」、そして「何を配信したらいいのか」についてです。

Ⅰ.どうやって配信したらいいの?
ⅰ.SNSで配信
いまからでもすぐに始められるのが、SNSでの動画配信です。いまでは有名アーティストも、InstagramLiveやLINELive、FacebookLiveなどを使ってさまざまな動画を配信をしています。普段、SNSを使っているスマートフォンやタブレットで配信できるので、新たに機材を揃える必要がありません。とくに近年スマートフォンのカメラは高性能になっていますので、動画もとても綺麗に配信することができます。
また、フォロワーのタイムラインにアップされ見てもらいやすく、「いいね!」などの反応も返ってきますので、続けていく励みにもなるかもしれません。
配信時間には制限があります(インスタとLINEは60分、Facebookは4時間、だと思います)が、手軽に配信できるには十分な時間だと思います。

一方で、配信した動画の保存期間が限られていたり、タイムラインの中に投稿が埋もれていったりして、リアルタイムで見ることができなかった人が見つけにくいという点は注意が必要です。事前に配信時間などを投稿し告知をしたほうがいいでしょう。
あと、スマホなどのマイクでは、雑音が多いというときは、Bluetooth対応のマイクを使ってみてはどうでしょう。片耳につける通話用のヘッドセットなどは、目立たないので法衣をつけての配信の際にはおすすめです。
とにかく、無料で手軽に始められるのがSNSでの動画配信のいいところです。

ⅱ.インターネット会議システムを使っての動画配信
テレワークの推奨などで注目されているのは、インターネットを使っての会議システムです。Zoomなどが有名ですが、SkypeやLINEのビデオ通話、Googleハングアウトなどがあります。こうしたインターネット会議システムを使って動画配信をすることができます。配信する側と視聴する側が同じソフトやアプリを使わないといけませんが、グループ内だけでやり取りができますので、動画を一般に公開するのは少し抵抗がある方にはおすすめです。

配信側は登録や設定が必要になります。スマホやタブレットでもできますが、パソコンでするほうが簡単です。ノートパソコンでしたら内蔵カメラで始められますが、デスクトップパソコンの場合はUSB接続のウェブカメラが必要です。現在、あらゆる種類のウェブカメラが在庫不足の状態ですので、早めに注文しておきましょう。視聴する側もソフトやアプリのインストールが必要な場合がありますので、事前に双方で、ビデオが映るのか、マイクが使えるのかなどの準備を整えておくのがよいでしょう。

SNSに比べるとすこし手間がかかりますが、限られたメンバーでやり取りができるので安心して始められるのがいいところです。法話会や座談会の配信にはむいているかもしれません。
ちなみにZoomには配信している内容をそのままYouTubeLiveにアップするという機能もあります。

ⅲ.動画投稿サイトへの動画配信
YouTubeやニコニコ動画などの動画投稿サイトには、リアルタイムやアップロードをして動画を配信する機能があります。配信された動画は、広く一般にも公開されるので、だれでも視聴することができます(設定によっては、限定した人にだけ視聴できるようにしたり、コメントがつけらないようにして配信することも可能です)。また、配信後の動画を自分のチャンネルで管理できるので、動画一覧から過去の動画を探すのも簡単です。

※以降の記事はYouTubeしか使ったことがないので、YouTubeLiveについての感想です

ただし、リアルタイム配信は少し手間がかかります。YouTubeLiveでは、スマートフォンやタブレットのカメラを使ってリアルタイム配信ができますが、チャンネル登録者数が1000人以上必要という制限があります。開設したばかりではなかなか難しいかもしれません。
そこで、開設直後はエンコーダーとよばれる配信ソフトを使って、エンコーダー配信するという方法が一般的です。この場合はチャンネル登録者数は関係ありません。このエンコーダー配信は少しコツがいりますが、慣れるとソフトの機能を使って簡単に、多彩な内容で配信をすることができます。西福寺ではこの方法で法座を配信しています。
一般に公開されることには抵抗がある方もいらしゃるでしょうが、やはり多数の人が視聴してくださるという可能性があるのはメリットだと思います。

Ⅱ何を配信したらいいの?
ここまで読んでいただいて、「やり方ももちろんだけど、何を配信したらいいのか?」「せっかく配信するのだから、みんなに視聴してほしい」「仏教に興味を持ってもらうにはどんな内容を配信しなといけないのですか」などと感想を持たれた方もいらっしゃるでしょう。
私は、「自分が伝えたと思うことなら、何を配信しったって構わない」と思います。(もちろんそれを配信したことによって、他人が傷つくことがあるのではないか、という想像力は必要です。しかしそれは、動画配信だけに限らず、すべての人間関係において必要なことです)
そもそも私たちは、他人が興味を持っていることをすべて把握することはできません。ましてや、すべての人に同じように興味をもってもらうのは不可能なことです。また配信をした瞬間に、興味を持ってくれる人が視聴してくれるなどということはほとんどありません。多くはその他の多数の情報に埋もれていってしまうことでしょう。
しかし、配信しておきさえすれば、そのときは見ることができなかった人も、なにかのきっかけで配信した動画にたどり着くことがあるかもしれません。そうして浄土真宗に興味をもってくれるようになるかもしれません。そんな人がたった一人でもいらっしゃるのだとしたら、「自分を伝えたいことを配信をする意味」はあるのではないでしょうか。
確かにインターネットでの動画配信は新しい手段ですが、何も新しいことを伝える必要はないのです。
「いままでやっていたことや伝えたいと思っていたことが、伝え方を変えるだけで、いままで届くことがなかった人に届くかもしれない」
これが、インターネットによる動画配信の可能性だと思います。

みなさまも、「お念仏って有り難いんだよ」という思いを、自分なりの動画にしてインターネットで配信してみてはいかがでしょう。世界のどこかにその動画を待っている人がいるかもしれませんよ。

(次回は実践編として、西福寺でどのように配信しているのかをご紹介させていただきます)

「当たり前」と「有り難い」 【根来 暁】

先日、睡眠時無呼吸症候群の検査を受けました。結果は最悪で、1時間に約70回以上、無呼吸の状態があったそうです。よく窒息死しなかったものだと思いました。寝ていても酸素不足を体が感じ、脳が常に覚醒していたそうです。ほんとに体は自分の思い通りにならないけど、だから朝を迎えられていたのかもしれません。

同じ出来事、同じ景色をみても、置かれている状況によって感じ方は変わるようです。

以前タレントの木下優樹菜さんが結婚会見をしていたのをテレビで見ました。彼女はディズニーランドでプロポーズを受けたそうです。電車で行ってられたそうで「行きと帰りの電車から見える景色が違って見えました」と語っていました。これは、上りと下りで景色が違うという話しではありません。置かれたいる状況によって、見え方が変わったのでしょう。人は同じ景色を見ても、同じように見ている訳ではないようです。

また、明石家さんまさんは、若いころ桂三枝(現在の桂文枝)さんの運転手をしていたそうです。毎朝迎えにいくと、必ず「昨日なんかおもろいことあったか?」と聞かれたんだそうです。「そのたびに昨日の出来事で面白いことはなかったと思い出していた」とあるテレビの対談番組で話していました。あのころは、いやでいやでたまらなかったけど、それがあったから今でもテレビで話し続けることができていると言っていました。

お笑い芸人はよく面白い話をします。身の回りによくそんな面白いことが起きるなぁと思っていましたが、それだけではないようです。よく聞いてみると、身近におこった何気ない出来事を、おもしろおかしく話しているのです。私には「当たり前」だと思うことが、芸人にとっては「面白い」ことと感じるということでしょう。同じように、好きな人からプロポーズをうけた人は、「当たり前」だと思うことが、全部「幸せ」だと思えるのでしょう。

image「当たり前」の反対の言葉は「有り難い」だと聞いたことがあります。でもそれは、「当たり前」のことと「有り難い」ことがあるのではなく、目の前の出来事を「当たり前」だと思うか、「有り難い」と思うかの違いなのでしょう。

気がつかないところで、忘れているときも、背を向けているときも、私を育て支え続けてくださっていた「法(はたらき)」を聞いていくことによって、「当たり前」だと思っていたことのが、「有り難い」ということだったと気付かされます。自らの思いだけで、回りの景色や出来事を判断していた私が、多くのはたらきの中にあった「いのち」であったと、喚び覚まされていく場がお聴聞だと思います。

検査の直後は有り難いことだと思いましたが、治療を始めた今では、朝を迎えることがだんだん当たり前になっています。「有り難い」と思える気持ちは、なかなか継続できないもののようです。

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毎日鍋でもいいんです! 【根来 暁】

nabe寒い日がつつきますね。そんなときは、お鍋がより美味しいです。寄せ鍋、ちゃんこ鍋、おでん、すき焼き、モツ鍋、キムチ鍋……などなど。

お肉やお魚、魚介類。白菜や大根、ネギ、などの野菜をたっぷり入れて。しいたけやシメジ、エノキなどのキノコ類。しらたきや糸こんにゃく、マロニー、豆腐や油あげも入れましょう。そのほか、我が家ならではの具材もあるでしょう。それらの様々な具材が、ひとつのお鍋のなかで、ぐつぐつと温められていくうちに、みんな同じ味になっていきます。

そして締めは、雑炊。ラーメンもいいですねぇ。お肉や、お魚、野菜、いろんな具材からでただし汁がからみ合って、なんとも言えない深みのある味です。思わずおかわりをしてしまいます。

ひとつの味になったはずなのに、それぞれがそれぞれの良さをいかしあって、見事に調和した料理、それがお鍋です。厳しい寒さのなかでも、体だけでなく、なんか心も暖まる。それはアツアツをいただいているからだけじゃないような気がします。すべての具材が一つの味になりながら、それぞれの具材の良さを支え、引き立てあっている、そんな「柔らかさ」が私を温めてくれるんだと思います。

でも、頂いたものは、身についてほしくないものほど、身につきやすいので、体重管理にはお気をつけください。

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みんな違って有難い 【根来 暁】

のっけから告知で申し訳ありませんが、第四回真宗合同布教大会が、2月21日(金)真宗興正派本山興正寺内の興正会館で開催されます。午前9時半から午後5時半まで、13名の方の法話、感話を一日でお聴聞できるご縁です。ぜひご一緒にお念仏申させていただきましょう。

seppou2年前のある大谷派僧侶のFacebookでの「東西本願寺合同の布教大会をやりたい」という一言を見て、私が「それ、おもしろそうじゃない。できますよ」ってコメントして始まった企画でした。
広島県はほとんどが本願寺派の寺院ですので、いろいろな大谷派の方と、ゆっくりと話す機会があまりありませんでした。そして、断片的に聞く話しを通して、「同じ真宗でも、やっぱり違うんだな」ということばかりが気になっていたことです。だから、東西本願寺合同で何かをすれば、違いがはっきり分かって、よりおもしろいんじゃないかと思ったのです。
企画が進むにつれて、「東西だけでなく、真宗の各派、単立のお寺も合同で」ということになり、いままで聞いたことのない宗派の法話もお聴聞でができる、とワクワクしたものです。

そして、第一回大会当日、お聴聞をさせていただいた結果は、お念仏に出遇えたということは、他人も私も何の違いもない、ということでした。「南無阿弥陀仏」の響きは、性別や年令、地域や育った環境、そして僧侶や門徒、あらゆる違いを超えて届いていたのです。そしてその違いに差を感じていたのは、自分の方だったんだなと思わせていただきました。会場内でのお念仏の響きによって、「違いがあっておもいしろそうじゃないか」という私の思いは、「違いがあっても、みんな同じで有難い」という思いへ変えられたのです。

いろんな出来事を、私の側から考えれば、「私とあの人とは違う」という結論にしかならないのが、私のものの見方です。そこには必ず「差」がおこります。「多い、少ない」「長い、短い」「深い、浅い」「善い、悪い」……などなど。しかし私の思いを超えて届いてるものがあり、そして同じものが目の前の人にも届いていると聞かされたとき、違いがあって有難いと、認め合っていける場が与えられるのではないかと思います。

2月21日は、一聲でも多くのお念仏を一緒にお聞かせいただきましょう。

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