浄土真宗の信心がこんなにわかりやすいわけがない【石田智秀】

このエントリは『浄土真宗の信心がこんなにわかりやすいわけがない』の著者による自著紹介です。


cover5『浄土真宗の信心がこんなにわかりやすいわけがない』は、わたしも大好きな、言わずと知れた超有名ラノベからいただいたタイトルです。キャッチー?な上に本の内容をきちんと表しているので、案外これは素晴らしいタイトかもしれません。ちなみに執筆当初の仮題は「ご信心をいただく」、ちょっとかためでした。

「浄土真宗の信心とフツウ一般的に言われる信心とは内容がちょっと違っていて、そのちょっとした違いを大事にするのが浄土真宗の伝統としてあったのだけど、現在は浄土真宗の中でもその違いが明確になっていない面があるように思う。そこをもう一度、明確にしてみたい。」

そのように思って書きました。

もともと純文学作家志望(ワナビ)なので、本を出すならきっと小説だろうと思っていました。しかし技量がまっったく伴わないからきっと無理だろうとも思っていました(今も思っています)。それが今回、小説ではなくノンフィクションを電子書籍で発刊することとなり、感無量というか、世の中よくわからないものだなあと思っています。

昔のわたしには、浄土真宗の信心は非常にわかりにくいものでした。また、わたし以外にもわかりにくさを感じている人がたくさんいるように感じられていましたし、今も時折そのように感じることがあります。一方で、今のわたしには、ご信心とは何なのか、その内容は、かなり明確になっています。

この本では、このわかりにくかった/わかりにくい「信心」を、わたしにでき得る限りの言葉を尽くして、わたしなりに明らかにしようと試みました。そして、その試みは一部では完全に成功している……かもしれません。

浄土真宗の中にいるはずだけど、ご信心のいただきかたがわからずに困っている、かつてのわたしのような人に。
浄土真宗とは違う場所にいて、信心なんて知らないし知る必要もないと思っている人に。
別の宗教を実存的に味わっていて、浄土真宗の「信」のあり方も知りたいと思っている人に。

浄土真宗という一つの宗教の、とある宗教経験の一つ、宗教的「回心」の一つのあらわれとして読んでいただければ幸いです。

石田智秀
浄土真宗本願寺派 妙法寺 衆徒 布教使。
1971年生まれ。北海道十勝在住。
マンガ・アニメ・ゲームヲタク(軽度)。稲城和上萌え。読書などの興味は、浄土真宗をはじめとする各宗教、時事系、生命学(森岡正博提唱)、SF、純文学など。
龍谷大学のミニコミ誌『りゅうこく』にブックガイドを書かせてもらったり、Amazonにレビューを投稿したりしています。
お聴聞するのも自分で話すのも、第十八願に基づく絶対他力を中心とするご法話が好きです。妙好人の逸話は奇行ではなく信を得る以前のご苦労話が好きです。ご法話を騙る自慢話や独自解釈、TVや新聞の「情報」を鵜呑みにするだけで事実をふまえない立場から得々と語られる虚言は苦手です。

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なぜ念仏一つにこだわるのか【瓜生崇】

今、Facebook界隈で多少話題になっているものに、ある意見書があります。話題と言っても浄土真宗の僧侶を中心にごく狭い業界内の話ではありますが、起案した私のもとには賛同する意見もたくさんいただきましたし、やはり同様に「守旧派」「非寛容ではないか」「器が狭い」といった批判的意見も多数頂いています。

「アップデートする仏教ファイナル」同朋会館開催に対する意見書

11219118_1001109996606385_4233294689191724297_n[1]一度、この意見書を読んでくだされば幸いです。かいつまんで言えば、「同朋会館」という真宗大谷派の本山の施設の中において、「アップデートする仏教」という、藤田一照・山下良道の二師の宗教指導者が主導する講演と座禅や瞑想指導が行われることについて、考えなおしてほしいという意見を書いたものです。これは私と同じく一時期新宗教に身をおいたあとに真宗の僧侶となった、畠山浄さんの主導により出しているものです。

なお、このことは当サイト「浄土真宗の法話案内」のスタッフの意見ではなく、全く私瓜生崇個人の見解であることを付け加えさせて頂きます。

意見書をネットで拡散する理由

こうした意見書をネットで拡散して意見を募るというやり方には異議もあると思いますし、嫌な思いをされた方も少なく無いと思います。それについて説明します。

私は実は以前に大谷派の施設を使った行事を準備していた際に「出場者の中に大谷派を離脱した寺院の子弟がいる」という事を理由に、外すように圧力を受けたことがあります。宗派を離脱するということは周囲に様々な軋轢を生むものであり、それらの人たちの気持ちを考えると強行することは出来ないと判断した当時の実行委員は、出場者の変更という苦渋の決断を行いました。

ただそのことで最後まで納得できなかったのは、一体誰が関わりどういう議論と経緯でこの圧力をかけているのか、「それは話せない」と全く教えてもらえなかったことです。本山は私達への要求を文章にすることすら拒みました。今でもそのことを考えると、とても嫌な気持ちになります。

ですので、意見するならばオープンな場で、対話が可能かつ議論の経緯が誰にでも分かる形でしたいと思ってこのようにした次第です。

魅力的な「アップデートする仏教」の活動

誤解してほしくないのですが、「アップデートする仏教」の皆さんの活動自体を批判するものでは決してありません。今から行事を中止してほしいとか、他の会場でやってほしいと申し入れているのではありません。

宗派の施設をオープンにしていこう、開かれた教団にしていこう、という試みがいま盛んに行われている中で、私達が一体何のために教団の門戸を開き、関わっていかなければならないのか、ちゃんと考えていただきたいのです。

「アップデートする仏教」は私も読みましたが、とても力のある対談で引き込まれるものがあると思いますし、今の伝統真宗教団に足りないものを率直に表していると思います。

形骸化した伝統仏教の中において、日本の伝統仏教を「医療行為が行われていない不思議な病院」であると疑問を持ち、本当の仏教を求めて海外に行って修行してきた経験に多くの人が惹かれるのは当然のことです。

今の伝統教団においては当事者たる僧侶においても、自分のいる教団の教えが本当に人を救うことが出来るのかという疑問を持つ人は少なく無いでしょう。事実、浄土真宗の僧侶の中でも少なくない人たちが、こうした瞑想修行などに惹かれてその道を歩んでいます。

「アップデートする仏教」には「体感」「メソッド」という言葉が幾度も出てきますが、信仰を様々に思い悩んでいる人にとって、こうした言葉が持つ力強さというのは私も十二分にわかるつもりです。何かの「メソッド」によって「体感」するというのは、これ以上ないくらい説得力のある論理だからです。

どうして「念仏」ひとつなのか

しかし、浄土真宗の教えというのは、あえてそこを離れた教えなのです。瞑想や修行、更には祈祷など、あらゆる行から解放される教えと言ってもいいかも知れません。

瞑想や修行で救われたと言われる人がいても私はもちろん否定しませんし、その道を歩もうと言う人がいても全く咎める理由などあるはずはありません。でも、世の中はそんな人ばかりではないわけです。座禅も、瞑想も、何もかも出来ない、どうすることも出来ない存在がある。

例えば末期がんで今まさに死を目前にしている人に、瞑想したら救われると言ってもそれは無理な話でしょう。でも私だって本当は同じなのです。

だって、今日死ぬかもしれない身なのですから。

私は響流書房という小さな電子書籍の出版社を立ち上げて、いろんな方の手助けを頂いてなんとかやってきていますが、最近出した「妙なるいのちこのいのち」という本に、赤禰貞子さんという、病弱で小学校も四年生までしか行けなかった念仏者の話が出てきます。

身体が悪くて普通に働くことが出来ず、粗末な小さな部屋が全てだったけど、薄い小さな本から広大なお念仏の世界に出会われ、人の念仏との出遇いを自らの無上の喜びとして生きた女性の話です。

その方がこんな歌を残しています。

「通ずるの心ほとけの世界なり南無阿弥陀仏の世界なるかな」

浄土真宗の救いとは、ただ「南無阿弥陀仏」という真実の言葉に触れることです。その言葉に触れた時に、独りで生まれ、独りで生き、独りで死ぬだけの人生ではなかったと知らされるのです。

私も、共同署名した畠山さんも、様々な紆余曲折の末にこの言葉に触れた人間です。だから、声を大にして言いたいんです。この言葉を伝える教団であるかぎりは、「医療行為が行われていない不思議な病院」なんかじゃないって。

南無阿弥陀仏と念仏を称え、他の全ての行を捨てることを教えた法然上人を「偏執ではないか」と批判した明遍上人が、天王寺の西大門の数えきれないほどの衰弱した病人に、一人ひとり重湯を与えている法然上人の夢を見て、念仏とはこの重湯のことであったのかと考えを改め、法然上人に弟子入りしたという伝承があります。

この病人のひとりは私です。

寛容であるところと、こだわるところ

今、多くの真宗教団がお参りの減少に悩んでいます。来られている方も多くはお年寄りで、若い人は極少数にとどまります。少なくない人がこの現実に危機感を感じて様々な対策を練っています。

私も多くの人たちと助け合いながら出来ることを地道に取り組んでいる最中です。この「法話案内」のサイトもその一つです。

今回の「アップデートする仏教」のイベントが行われる同朋会館にしても、今までお寺に関心のなかった人を呼び寄せるような意欲的な取り組みを多々しています。

そして中でも一つの宗派の中にとどまらない、宗派や宗教を超えた試みは重要になってくるでしょう。伝統真宗教団はいつの間にか自分たちの宗派の中でしか通用しないような言葉ばかりを生み出して、その中に甘えてどっぷり浸かってきました。そうした垣根を取り払って、お互いの差異や共通する部分を知ることは、そのまま教団外の多くの人に教えを伝える大切な土台を作ると思います。

しかし絶対に外してほしくないのは、「ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべし」という浄土真宗の教えなのです。そのこと一つを守り、伝えられなくなったら真宗大谷派は浄土真宗では無くなります。

「アップデートする仏教」の人たちにはもちろん何の問題もありません。もちろんどちらが優れているという話でもありません。

講演や講義だけなら構いません。しかし、「ただ念仏」ということを唯一の本当の拠り所としてやってきた真宗教団の本山で、瞑想や座禅などの行を行うイベントが、殆どの人が知らないところで決定されるという事があってはならないと思います。やるならやる意味をもっと考えて公にして議論して欲しいのです。

私は過去にはこんなことも書きました。

日本人は異なる宗教に寛容なのか

なんでもやることが器が大きいのではないと思います。本当に大事にしていることがなければ800年も教団は続きません。そこを行動から明らかにした上で、他者を認めていくことが私たちに求められているのではないでしょうか。

僧侶の本分(かなり私的) 【朝戸 臣統】

まず最初に。
これは、特定の誰かを云々、ということではなく、私自身の問題としてコラムに投稿します。

つい最近、SNSで、こういうやりとりがありました。
「今年はなぜか葬儀が多い。たまたまなんだろうけど・・・。」
「それは羨ましい話ですね。」
「え? 羨ましいですか?」

私は、小学生時代の、同級生とのたわいないやりとりを思い出しました。たわいないやりとりですが、私にとっては大きな意味を持つやりとりです。
「おまえんち、お寺やろ。」
「そうや。お寺や。」
「じゃあ、誰か死んだら、儲かるんやな。誰か死んだら、うれしいんやろ?」
「・・・・・。」

その後、私は紆余曲折を経て(?)、お寺の住職をしているのですが、小学生時代に浴びせられたあのやりとりは、ずっと心の中に引っかかっていたのかも知れません。
最近のSNSのやりとりを目の当たりにして、私の過去が鮮明によみがえりました。

実は、私が抱えていた過去のジレンマを、明確に言い当てながら、僧侶としての立ち位置を示唆してくださった先輩がおられました。
「葬儀は、なくなった方を『貴方のことは絶対に忘れませんよ』と追悼する場です。その上で、み教えを通して、私の生き様を問い聞いていく。僧侶がそのお手伝いをしていくんです。」

私はその先輩の言葉を受け継ぎ、「本当の葬儀を執行できる僧侶でありたい」という思いを強くしました。ただ、残念ながら、その先輩は、突然の病により、あっという間にお浄土へ駆け足で往ってしまわれましたが・・・。

大切な方が亡くなるということは、「悲しみ」に違いありません。私事で恐縮ですが、私自身も、ここ数ヶ月で、叔父と義父を相次いで亡くしました。
ただ、それは悲しみであると同時に、「厳しい催促」なのだろうと受け止めています。厳しいけれども、み教えに出遇ってくれよという、尊い催促なのです。

だから、ご縁をいただいた葬儀には、全身全力で「追悼」のお参りをしたいと思います。同時に、み教えのあたたかさ、尊さを共有できる場にしていきたいと思います。
誰かが亡くなったら儲かるから(経済的に潤うから)、僧侶の道を選んだのではありません。
誰かが亡くなったときに、全力で追悼し、み教えを共有するために、この道を選んだのだと、先にお浄土に往かれた先輩に、報告できる人生を歩みたいと思います。

花粉症と阿弥陀様 【平野 正信】

僕のつれあいは花粉症です。
花粉がいよいよ飛び出した時期には、毎年花粉メガネに花粉カットマスクという完全防備の姿になります。

先日、今年もその時期が来たかとつれあいは準備していたメガネとマスクを装着したのですが、まだ一歳に満たない息子は母親のその姿が、かなり恐ろしかったらしく、母の姿を見るなり大泣きしてしまったのです。
普段は母親べったりで、あまり僕にすがりつくようなことは無いのですが、その時ばかりは完全防備お母さんから逃げ惑い、恐怖の表情でもって僕にすがりついて来たのでした。

すると、息子が泣きながら逃げていくというのがショックだったのか、つれあいまでポロポロと涙を流し出したのです。
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僕はというと、一人でその状況が面白くなってしまい、二人が泣いているのを見ながら一人で大笑いしていました。(ひどい男です)

そして、騒動が終った後、つれあいに
「あっくん(息子の呼び名です)に逃げられたのがそんなに泣くほどにショックやったん?」
と聞くと
「それもあるけど『目の前のお母さんが急にいなくなってしまった』っていうあっくんの気持ちを思うと泣けてきたんだよ。」
と答えてくれました。

これは僕にしたら想定外の答えでした。
僕はてっきり「息子に嫌われたから泣いた」と思っていたのです。しかし、それだけでなく「息子に共感してしまって泣いてしまった」のでした。

「お母さんはずっとココにいるのに
『お母さんがいなくなった!こわいよー!』
と不安になって泣いている。
お母さんはココにいるよー
気付いてよー
大丈夫だよー」
という気持ちで泣いたのだそうです。

この気持ちって「私がいるからまかせてくれよ」と喚び続けているのに、その声に気付かずに目の前で泣いている衆生を見ている仏様のようじゃないですか。
僕は「二人で泣いてにぎやかで面白いなー」程度に思って一人で楽しんでいたのですが
「なんとまあ、母親というのはそんな気持ちになるものなのか…」
とえらく驚いて、感動したのです。

「親がココに居るのに、居ないと思って苦しんでいる子の気持ちに共感してしまって辛い」という気持ち。僕はそんな気持ちにはなったことが無いけれど、最も身近な母子をご縁にそんな気持ちがあるのだなと聞かせてもらいました。

なるほど、阿弥陀様は悲しんでこられたのだなと思ったのです。
ずっとずっと。南無阿弥陀仏を完成されてからも、ずっと悲しんでこられた。
阿弥陀様を悲しませていたのはだれか?
それは、お慈悲のど真ん中にいるのに、阿弥陀様なんて居ないと泣いていたこの私。

そんな風に聞かせていただけた日でした。

南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏

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地下鉄サリンから20年【瓜生崇】

今日はあの地下鉄サリン事件から20年ということでテレビや新聞でも大きく扱われているようです。あの事件の時、私は新宿駅にいました。何が起きたのかはわかりませんでしたが、突如として訪れた騒然とした空気を感じたのをよく覚えています。

当時の私は都内の大学に通う大学生でしたが、浄土真宗親鸞会という、かなりの問題を抱えた新宗教教団の一員でした。その時も確か4月の大学入学シーズンの勧誘の準備のため、都内の教団の拠点への移動中だったと思います。拠点につくとみなざわざわと浮足立った感じでテレビのニュースを見ていました。

その後、事件がオウム真理教によるものだと明らかになり、上九一色への強制捜査などのニュースがテレビや新聞を埋め尽くしました。私のいた教団では宗教に対するネガティブなイメージを払拭するために、勧誘のトークを工夫したりする一方、今いる信者に対しても「私達の教団はオウムとは違う」どころか「オウムのような邪教に迷う人に泥水をすする人を無くすために、私達が真実の清水を提供しなければならない。」という法話が随分なされました。

私は言われた事を言われたままに受け止め、「オウムに迷うような人を救いたい」と思って必死で活動をしたのです。そして家族の反対を押し切って大学を中退して身ひとつで教団に飛び込みました。目が覚めたのは12年後です。多くの人に迷惑をかけ、そして何もかも失って私はその教団を脱会しました。

ここ数日間報道されるオウム関係の報道を見ながら、あの日々のことをいろいろと思い出していました。人は自分の世界観とあまりに違う生き方をする人を見ると、どうしても「洗脳」とか「マインド・コントロール」という言葉を使ってそれを「納得」しようとします。確かにその要素は非常に大きいと思います。ただ、それだけでは決してなく、やはり私は人生の真実を知りたかったのです。オウムに入った人たちもきっとそうだったろうと思います。矛盾だらけの世界の中で、正しい道を知りたく、正しい道を歩みたかったのです。

教団を脱会して、今度はカルト問題の解決への取り組みをするようになっても、「一体本当は何が正しいのか」という問いは私を苦しめ続けました。縁があって浄土真宗の僧侶になってからも「正しい教え」を探し続けました。ようやくこの問いから解放されたのはごく最近のことです。それは、何が正しいのかわからない、迷ってしか生きていけない私が、そのまま決して見捨てられない如来のはたらきの中に生きていたという気づきでした。安心して迷っていけばいいという念仏の教えでした。

 

私がいた浄土真宗親鸞会という教団は、オウムのような暴力も殺人もなかったし、薬物もヘッドギアもありませんでした。しかし一旦中に入れば嘘と誤魔化しばかりの活動で、じわじわと常識的な感覚を奪ってゆくような教団でした。

カルトへの取り組みを続けて、いままで随分多くのメディアの取材を受けてきましたが、みな「わかりやすい悪質さ」を求めます。しかし皆さんに知っていただきたいのは、オウムのような極めて明確な事件性を持ったところは少数派だということです。相談が多数あるような教団でも、表面的には何が問題かすぐにはわからないようなところが多いのです。

そして、世界を震撼させるような事件を起こしたオウムでさえ、中沢新一や山折哲雄をはじめとして好意的なコメントをした学者や知識人は少なくなかった。

もしあなたが「問題がある」と言われているような教団に行けば、真面目で親切そうな信者が丁寧に迎えてくれるでしょう。そして、洗脳されてる、マインド・コントロールされてると思い込んでいた人たちが、案外自分の考えをしっかり持っていて、質問にも一生懸命答えてくれることに驚くかもしれません。私達と同じように趣味を持ち、最近の映画や音楽の話題で盛り上がるかもしれません。教団や教義の確信に触れる話をしなければ、あなたの前にいる信者はどこにでも居るごく普通の人でしょう。

いやかえって、普通よりずっと親切で真面目で信念を持っているではないか、と思うかも知れません。社会的に大きな事件も起こしてないし、それどころか、既存の教団以上にボランティアなどの社会貢献に、一生懸命に見えるかも知れません。

しかしその裏では、長い時間をかけて教団から離れられなくなった信者に対して、その人生を搾取し続けるような事をしているかもしれない。少なくとも私はそういう教団にいたし、カルト問題に関わる過程でもいくつも見てきたのです。入り口だけみて教団の問題なんて絶対にわかりません。私がいた浄土真宗親鸞会も、幾人かの宗教学者や知識人が好意的な評価を与え、それを教団は徹底的に利用していました。

だからどうか学者や知識人のみなさんは、自分の見た事実だけで簡単に教団に利用されるような言葉を発しないで欲しいのです。具体的には書きませんが、ぞっとするような言葉を幾つか見てきました。皆さんの言葉はたとえ何気なく発したものでも利用されます。覚えておいて欲しいです。

そしてマスコミや大学は、大きな事件や問題がなくても、少なくとも入学シーズンには「誰にでも問題のある宗教にハマる可能性はある」という事を伝えて欲しい。でも近年は随分取り組みがなされるようになってきましたが。

 

最後に伝統仏教教団、特に浄土真宗の僧侶の皆さんへ。つまりこれは私が私自身に言っていることです。私は、オウムの信者が「寺は風景でしかなかった」と言った気持ちがよくわかります。お寺にはなにもないと思っていた。たとえ仏教に大事なことが教えられていると思っても、お寺にそれが残っているとは全く思えませんでした。

でも、私は浄土真宗親鸞会を出て確かにお寺でお念仏の教えに出遇いました。それがなければ、あの教団でのたうちまわった日々はただの失われた月日、迷って苦しんだだけの人生になってしまうところでした。お念仏に出遇っていまようやくあの日々が、自分にとってかけがえの無い道だったのだと思えるようになりました。

私は自分みたいな人がたくさんいるに違いないと思っているのです。だから、一生懸命み教えを伝えたいです。寺も教団も必ずなくなります。でもお念仏は人から人に伝わっていくはず。伝わればそこにサンガが生まれ、さらに出遇っていかれる人がいるはずです。

間違ってる人に正しいことを伝えようという、何かしら思い上がった気持ちで言っているのではなく、教えを真剣にお伝えしようとすることで、人生を真面目に考えて真実を求めたあの思いに、私が帰っていけると思っているのです。

 

自力無功 【吉峯 教範】

もう随分と前になるが、つてがあって東大寺の修二会を特別に参観させていただいた時のことです。

その折にご解説方々ご案内をしてくださった華厳宗の教学部長のSさんのお話が強く印象に残っています。
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「修行楽しいな!修行楽しいな!」とお話の合間合間に楽しそうに言葉を挟みながら、

「私たちが一生かかって積むことができる功徳なんて、薄い薄いそれこそオブラートのような薄っいペラペラの修行しかできないんですよ。
その薄い薄いオブラートを何年もかけて重ねていく。でも、ちっとも厚みなんか出てこない、薄っいままなんです。
で、一生かけてその薄いオブラートを重ねてきて、ようやく薄いナイロン袋ほどの厚みが出てきたな〜と、思った頃にくしゃみのひとつもしますでしょう。
で、どうなるか⁈
今まで積み上げたもんがいっぺんに吹っ飛んでバラバラになって飛んでしまいますわ(笑

いや、バラバラになるくらいならまだええけど、鼻水や唾も一緒に飛んだら、オブラートに穴が空いてしまいまっしゃろ。もう使いもんにはなりません。そやから、また一からオブラートの積み直しですわ」
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「それこそ、私ら十数箇寺の塔頭でこの大きな寺を護持してまっしゃろ。人生の最後に管長の椅子なんかを巡って争いでもしてみなされ。やっと積み上げたナイロン袋の上に土砂降りの雨が降りそそいで、もう跡も残らんほどぐちゃぐちゃですわ。
それが、人間というもの。その度にまた、一からオブラートを積み重ねていく。
これが修行というものですわ〜(^^)」
「あ〜、修行楽しいな!修行楽しいな!・・・」

自力無功と知りつつ、なお修行を続けながら道を歩んでいく。
あー、なるほど、これが聖者の方々が歩んでいかれる難行道(行き難き道)なのだと、お気付かさせをいただいたことです。

親鸞聖人は、華厳の教えは実の大乗(必ず仏果〔さとり〕に至ることのできる真実の大乗仏教)の教えだと位置付けられておられます。
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天台や華厳は、実の大乗。
しかし、根気も智慧もなく、積み上げても積み上げても厚みが出ない薄いオブラートを黙って積み続けることができない愚かな凡夫。結果や成果が見えなければ何もできない、一度や二度失敗すればたちまちに意欲を失って、道を歩むことのできない愚かな身には、行じ難く、行き難い。

そこに、この低下の悪凡夫の為に説き示されたのが他力の易行道。
その易行道の中の真実の大乗を親鸞聖人は、「真宗」とお呼びになられたのだなと。

【執筆者はこちら】

人知は病んでいる 【小林 智光】

こんにちは。
ひさびさにコラムを書かせて頂きます。
新潟では冬も深まり、 ウチのお寺もやっとこさ雪降ろしです。
お寺は本堂から庫裡から広いので、業者さんにお願いして雪を降ろしてもらっています。
年末に一部、「離れ」の雪を下したのですが、今年の雪は重たい
重たい。
下の方はシャーベット状になっていてガチガチです。
おかげで私の腰も疲労でガチガチ…(^_^;)
さて、今日は「三帰依文」について書こうと思います。
浄土真宗の、特に大谷派のでは法話の前にこの「三帰依文」というのがよく読まれます。
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人身(にんじん)受け難し、いますでに受く。仏法聞き難し、
いますでに聞く。
この身今生(こんじょう)において度せずんば、さらにいずれの
生(しょう)においてかこの身を度せん。大衆(だいしゅう)もろともに、
至心に三宝(さんぼう)に帰依し奉るべし。

自ら仏に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、大道(たいどう)を体解(たいげ)して、無上意(むじょうい)を発(おこ)さん。
自ら法に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、深く経蔵(きょうぞう)に入りて、智慧(ちえ)海(うみ)のごとくならん。
自ら僧に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、大衆を統理(とうり)して、一切無碍(いっさいむげ)ならん。
無上甚深(じんじん)微妙(みみょう)の法は、百千万劫(ごう)にも遭遇(あいあ)うこと難し。
我いま見聞(けんもん)し受持(じゅじ)することを得たり。願わくは如来の真実義を解(げ)したてまつらん。

この真ん中の三行、「自ら~」の部分は全員で読み、冒頭と最後の方は講師の方が読まれます。
最初、私はこの「人身受け難し」というところを『なかなか人間には生まれないんだから、人間に生まれて良かったね。牛や豚、犬や猫に生まれたら仏法を聴けないからね』

というふうに解釈していました。

しかし、それは大きな間違いではないかと、ふと思いました。

【人知は病んでいる】というお話を聴いたことがあります。

「人知」というのは人間の知識、智恵です。つまり「人間の考えが及ぶところ」です。

この人間の知識や知恵というのは「病んでいる」、つまり健全ではないということなのです。

「病む」という字には「ヤマイダレ」という部首があります。「丙」の上のやつですね。

「知」という字にこの「ヤマイダレ」をかぶせたらどうなるでしょう。

『痴』という字になります。そうです。[愚痴]の「痴」です。

[愚痴]とは「モノの道理が分かっていない、正しいことが分かっていない」という意味で、仏教でいう所の三毒(さんどく)の一つです。

三毒とは「貪欲・瞋恚・愚痴」の三つを表し、人間のもっとも解決すべき煩悩として仏教では説かれています。

私達は何かを「したい」と欲し(貪欲)、思い通りにならないと怒り(瞋恚)、うまくいかないものだから結局また同じことばかり繰り返す(愚痴)。

このスパイラルというか連鎖を堂々巡りしながら人生を送っています。このことを「空過」(くうか)といいます。

どうやったら「空しく過ぎ」ない人生になるか?が仏教、そして浄土真宗においても根本命題ですね。

話を戻しますが、私は「人身~」を上記のように解釈していました。

でもそれって、「牛や豚、犬や猫には仏法が届かない。人間こそ仏法が聴けるのだ」と思い上がっていただけなのです。

仏様の慈悲と智慧はそんなケチなもんだろうか、いや、そんなはずがない。生きとし生けるあらゆるものに届いてこそ仏法じゃないのか?

最近はそんな風に思っています。

聴聞してたって「俺は聴いてるぞ」みたいな顔ではそもそも聴けていないのかも。

逆に居眠りばかりしてたって、仏法聴聞の場に脚を運び、その身を投じていくほうがホントの意味での聴聞なのかもしれません、

極端ですが、ネコや蠅がお御堂をウロウロしているのも聴聞と言えるのかもしれません。

高僧和讃に

曠劫多生のあいだにも
 出離の強縁しらざりき
 本師源空いまさずは
 このたびむなしくすぎなまし

とあります。

親鸞聖人は法然上人に出遇っていなければ「空しく過ぎ」る人生だったと言われています。

もかしたら人でなくても、動物でも虫でも石ころでも「お師匠さん」になりうるのかもしれません。

「そういう自覚を持ちにくい人間なんだぞ」 「知識や知恵がある人間てのはやっかいな生き物だぞ」

と三帰依文は私達に教えて下さっているような気がします。

【執筆者はこちら】

「門徒もの知らず」という生き方 【西光 義秀】

浄土真宗の信者は「門徒」と呼ばれます。その門徒のことを揶揄して、「門徒もの知らず」といわれることがあります。浄土真宗の信者は、世間の常識を知らないという意味として使われています。
たとえば、結婚式は大安の日を選んだり、葬儀を友引の日には出さないという六曜による日の良し悪しを問いません。方角や、名前の画数などにも無頓着です。おもしろいのは、葬儀後の四十九日が三ヶ月にまたがるってはいけないのは、、「始終苦(四十九)」が「身につく(三月)」からという語呂合わせによるのですが、けっこう真剣に考えている人が多くいるようです。しかし門徒は一笑にふしてしまいます。
それは浄土真宗が仏法の王道を歩んでいることの証です。仏教は、社会をよりよく生きる方法を教えてくれるのではありません。社会をよりよく生きるというのは、わが煩悩を満たしている状態ですから、それも迷いであると教えています。仏法が目指すところは、迷いの生き方から「めざめる」ことです。「門徒もの知らず」というのは、その迷いを教えによって払拭した生き方を示しているのです。
仏法によるめざめや、仏法によって育てられることを見失ってしまったとき、世間の常識が優先する生き方にならざるをえません。「門徒もの知らず」というのは、世間の常識を身に付けて生きる生き方ではなく、仏の教えを中心にするという生き方や価値観を身に付けてきたということなのです。ですから、世間の常識があって、その上に真宗の価値観を教え込むから形だけ、知識だけの身に添わない教えに終わってしまうのです。
浄土真宗も仏教である限り、「出世間」の法であることを心得なければなりません。しかし私の身がこの娑婆にある限り世間との関わりを断つことはできません。断つことができない世間との関わりが絶たれていく、破られてゆくことに気づかせてもらうのが仏法を聞くということなのです。

【執筆者はこちら】

日本人は異なる宗教に寛容なのか【瓜生崇】

私がカルト宗教という問題に取り組んで早いもので十年になります。その間、宗教や信仰の問題についての相談を随分受けてきました。

以前、地域の集会で講演を依頼されたことがあります。そこではとある新宗教の教団施設の建設の予定が明らかになり、地域住民の人達が反対運動に立ち上がったのです。私が日本で起きているカルト問題の概略や、そもそもカルトとは何かという講演をしたあとに、集まった人達による議論が始まりました。代表者の方の「あんなカルトを街に入れる訳にはいかない」という言葉の後に、挨拶に来た教団職員の目つきがおかしかったとか、服装が変だとか、マインドコントロールされているという意見が言われました。

その教団に懸念すべき点が無いとはとても言えませんが、特に何か事件を起こしたわけでもなく、ここ最近で言えば社会的に問題となるような活動も見受けられません。しかし住民の皆さんの議論を聞くと、悪く言えば「異質な人達を受け入れたくない」という感情があまりに前面に出ているように思いました。私は帰りに主催者から「もう少し(その教団の)怖さや問題点について、危機感を与えるような話をして欲しかった」と言われ、すこしうなだれてそこを後にしました。

最近、松山大耕氏という臨済宗の僧侶の書いた、「クリスマスと正月が同居する日本」に世界の宗教家が注目! 寛容の精神に見る、宗教の本質とはという記事が話題になっています。私が今見ただけでもFacebookの「いいね」数が5.4万と、相当な支持を集めているように見えます。その記事から松山氏の主張をかいつまんで言うと、「キリストの誕生日であるクリスマスをお祝いし、年末にはお寺で除夜の鐘を聞いて、そしてお正月には神社に初詣に行く」というのが日本の宗教の「寛容性」であり、そうした宗教観に世界の宗教家が期待し、注目していると言いたいようです。

世界の宗教家が本当に期待しているのかどうかは置いておいて、この記事の主眼である、宗教をお互いに尊重し理解し合うというのはとても大事なことであって全く異論はありません。ただ、果たして日本だけそんな特別に素晴らしく寛容な宗教観があると言えるのでしょうか。

神社にお参りしない人たち

私の友人のある家族は神社にはお参りしません。七五三にも行きません。クリスマスも祝いません。それはそこが浄土真宗に生きる人の家庭だからです。しかしそうした生き方をすると毎度のごとく「視野が狭い」「非寛容だ」「子供がかわいそう」という声を聞くそうです。

私自身は浄土真宗の僧侶ですが、神職や牧師の友人も多くいますし、お互いにその宗教を敬って生きているつもりです。でも私の家族にはクリスマスも初詣もありません。敬ってないのではありません。浄土真宗の自分たちには必要ないというだけです。

しかし不思議なことに私もまた「原理主義的」とか「非寛容」とか「かわいそう」と言われてしまうのです。これは今だけの話ではありません。江戸時代には浄土真宗の門徒が東北に多く移住していますが、信仰上の理由から神社に参拝せず祭事にも参加しない彼らの生き方は、元からの住民の間に深い軋轢を生じさせたといいます。

私は神社にもお寺にもクリスマスにも行くというのは、それはそれでひとつの立派な宗教観だと思います。それがおかしいとは全く思っていません。しかしそれは決して「寛容」なのではなく、ただその人にとっての宗教がそうであるというだけのことではないでしょうか。少なくともそのくらいのことなら外国の人が観光で日本を訪れて神社仏閣を敬うのと大差あるとは思えず、日本に特有のものとも思えません。

カルトの問題への様々な取り組みを続けていると、個別の宗教のもつ社会的な問題性を論ずる前に、宗教を真剣に信仰する人たちを冷ややかに見下す思いを根底に感ずることが少なくありません。しかし宗教というのは得てしてその人の全存在を支える根拠になりうるものです。私の人生が宗教そのものであるという信仰もあるのです。そのような信仰であれば価値観や生き様が根底から変わっていくのは当然ありうることで、そこには衝突も当然生ずるでしょう。

本当の寛容さというのは、神社も参りクリスマスも祝うという所にあるのではなくて、神社にいかずクリスマスにも参加しない人がいても、つまり我々の価値観や習慣と全く異なる宗教を持った人がいても、それを認めて理解していく所にあるのではないでしょうか。

寛容という言葉で非寛容を裁いてしまえば、それはもう寛容とは言えないのです。

日本仏教の寛容性

松山氏はさらに日本の「寛容な宗教観」に神道の影響を受けた「日本で独自に洗練されてきた仏教のスタイル」があると主張します。しかしそもそも日本の神道や仏教とはそんなに寛容なものだったのでしょうか。

日本の仏教教団は歴史の中で常に様々な権力については離れ、必要とあれば自分たちを脅かす勢力を徹底的に潰してきた歴史があります。興福寺や延暦寺の僧兵が勢力争いの抗争を頻繁に繰り返してきた歴史は有名ですし、私の属する浄土真宗もその渦中で大きな弾圧を受け、大規模な戦争にも発展しています。

その浄土真宗も大教団となった後には権力と結びつき他の宗教の弾圧に加担しています。寺檀制度はそもそもキリスト教などの異端勢力の締め出しが大きな目的の一つでした。近代になってからは廃仏毀釈の嵐が吹き荒れ、多くの仏閣はバーミヤンの大仏のように破壊され、仏教諸派は国家に服従して戦争協力の道を突き進みます。そして神道は国家主義と結びつき学校や公共施設では神棚への礼拝が強要され、一方大本教などの新宗教を弾圧するようになります。

つい最近までこうした抗争と弾圧の歴史を繰り返してきた日本の仏教や神道を、いまさらになって「1500年以上かけて洗練されてきた」寛容性のスタイルと言われても、歴史を多少でも知る人なら一体何を言っているのか訳がわからないでしょう。

この事実を見ると、日本人は宗教に特別寛容なのではなく、自分たちの共有する価値観と権威に対して寛容なだけだと言われても仕方がないような気がします。

本当に寛容な宗教観とは

記事には松山氏が提案した「画期的」なる宗教駅伝なるものが紹介されています。世界の異なる宗教家でつながる駅伝ということでこれ自体はとても素晴らしいことだと思います。ただ、少々意地悪な言い方をしてしまえば、「自分たちを脅かす可能性がない人たちとは仲良く出来る」だけの事のようにも私には思えます。

いまヨーロッパでは教会がモスクに鞍替えするというケースが多くみられるそうですが、日本の伝統的な寺院が改装され次々とモスクになるような事態が私達に訪れ、全く異なる価値観や生き様の人びとが大量に生まれるような事態が訪れたとしても、私達は寛容でおれるでしょうか。

400年前、浄土真宗が急激に拡大していった時に起こったことは、既存の仏教宗派との激しい衝突と弾圧でした。その浄土真宗も今は伝統教団の一角として日本の宗教を代表する存在の一つになっています。そう思うと、今後日本で宗教地図をひっくり返すような変化が訪れないとは誰も言えないでしょう。

異なる宗教観の対話や理解が大事なのは言うまでもないことです。そこを否定するつもりは全くありません。

ただ、今私達に必要なのは、イスラムとの衝突に揺れるヨーロッパを他人ごとのように見ながら「日本の寛容な宗教観に世界が期待している!」などと鼻高々に自負するのでなく、激動の世界の中でいつか私達も同じような事態に直面し、異なる生き様や価値観を許容しなければならないだろうという覚悟だと思います。

寛容になれないかも知れない私達が、それでも寛容になってゆこうとする謙虚さが、いま最も求められているのではないでしょうか。

「浄土真宗で良かった!と思ったこと。」 【朝戸 臣統】

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新しいリレーコラムの更新を楽しみにしておられる貴方へ。
更新が滞っておりますこと、まことに深くお詫び申し上げます。

そこで、ちょっと新しい形で、コラムを公開したいと思います。

「お題」を提示しますので、皆さんのコメントをどんどん挙げていただきたいのです!
つまり、読者参加型のリレーコラムにしてみたいと思います。

第1回目のお題は、「浄土真宗で良かった!と思ったこと。」
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浄土真宗のなかまによる連載コラム