医者に癌だと言われて思い出したこと 【吉峯 教範】

先日、胃癌で胃を全摘しなければならないとお医者さんに言われた時、ふと二十代に読んだ次の様な話を思い出しました。

 

座禅

ある高僧が臨終間近になった時、集まった弟子や信徒たちが師に向かってこう言った。
「老師よ、師の業績はまことに多岐に渡り、また大勢の弟子を育てられ、その功績は頗るございます。師を慕う一同で老師を讃える碑を建立したいと存じますので、御自身の御生涯を顕すことのできるような句を一句お遺しください。
すると、老師は即座に次のような句を読んだ。
「食って寝て、起きたら出して、また食って、時々屁をひく糞袋」

長年立派に寺を守り、弟子を育てただけでなく、橋を架け、道を整え、大勢の貧民の救済なども行った立派な老師が、自身の生涯を振り返って詠んだ歌が、「食って寝て 起きたら出して また食って・・・」というこの歌だったという話で、若い頃に読んでとても印象に残っておりました

言われてみればそのとおり、どんな人でも一生50年乃至100年の間、一体何をしてきたのかといえば、確かに食って 寝て 出しての三つが最も多く時間と労力を割いて成してきたことであることに間違いはありません。
仕事だの学問だの趣味だの生き甲斐だのと言っても、所詮はその合間に屁をしていた程度のものであるとは、流石だなと感心したことです。
一生かかって食べたものを糞に変える仕事を続けてきたのが「生きる」ということに他ならない。
あるがままを あるがままに見る とはそういうことなのかな。
息を吸って、またそれを吐く。ただ当たり前のようなそれだけのことが実は有難い。尊いことなのだなと、あらためて気づかさせて頂いたような気がしました。

うさぎ喜ぶべきことを なかなか喜ぶことができずに 苦しむ私たちを、憐れみ 哀しみ 慈しんでは、なんとかその苦悩を除きたい、たすけたいと呼ばずにはおられない、願わずにはおられないという みほとけの切なるお心が南无阿弥陀佛の親心なのでしょうね。
もったいないことです。
南无阿弥陀佛。

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「医者に癌だと言われて思い出したこと 【吉峯 教範】」への2件のフィードバック

  1. 私は、一昨年の交通事故のことを思い出しながらこのコラムを読みました。
    本当に大切なことは何なのかを見つめることができたという意味では、大病も大きなご縁かも知れません。
    二月に、京都でお会いできるのが楽しみです。

  2. わたくしも、3年前にステージⅣの進行癌で2か月入院いたしました。思い出したのは「人間はただ電光朝露の夢幻」のようなものだということでした。今は生かされていることに感謝し、報恩念仏申し上げるのみです。

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