ぞうきん 【藤堂尚夫】

ぞうきん最近は、ぞうきんを絞って掃除をしているという方は少なくなってしまったのでしょうか。掃除機?モップ?化学ぞうきん?あなたは、何を使って掃除をしておられますか?
ぞうきんで掃除をするという機会は少なくなったかもしれませんが、ぞうきんは私たちに大切なことを教えてくれているようです。「ぞうきん」と題された一編の詩があります。

ぞうきん

ぞうきんは
他のよごれを
いっしょけんめい拭いて
自分は よごれにまみれている
(榎本栄一 『群生海』)

ぞうきんはほかの汚れをきれいにぬぐい去ってくれます。しかし、ぞうきん自体はぬぐうたびに、どんどんよごれにまみれてしまいます。
ほかの物をきれいにし、光らせるために自分の身をよごす、このぞうきんのあり方は、なかなか私たちにまねのできるものではありません。
仏教では「利他」ということを大切にします。知らず知らずのうちに、私たちは煩悩を起こし、よごれにまみれていきます。自分のことしか考えない、というのは、私たちの日常の姿なのでしょう。そういうわが身ではありますが、「他」を利するということを意識すると、普段気がつかないでいる自分のよごれに気がつくのではないでしょうか。
そのよごれを気づかせてくださるのが「阿弥陀様のみ光」。ぞうきんという存在は、私たちに「阿弥陀様」のあり方を教えてくれているのかもしれません。そしてそのことを知ったとき、私たちは「南無阿弥陀仏」とお応えしたいものですね。

【執筆者はこちら】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です